No.111純米酒

純米酒

竹原の水と微生物を使った 極上の日本酒

蔵は継ぎたくない…そう思っていた子供時代

塩と酒で栄えた街、竹原。江戸時代後期の雰囲気を残す美しい町並み保存地区に藤井酒造はあります。「こちらの建物は大正時代、蔵は江戸時代に建てられたものですよ。」と案内してくれた、六代目次期蔵元 藤井義大さん。シャープな印象の奥に情熱的な面が垣間見える男性です。先祖代々が白い息を吐きながら働いたであろう、ひんやりとした空気が満ちた蔵で働きながら、専務執行役員として会社経営の舵取をされています。
長男として生まれ、蔵の中で遊んだ子供時代。日本酒はいつだって身近に有ったものの…「実は、蔵は継ぎたくないと思っていました。日本酒産業は長らく低迷が続き、日本の多くの酒蔵で情熱が失われていたのを感じていたからです。」
冒険心旺盛な性格の義大さん。高校卒業後、実家の酒蔵は継ぎませんでした。なんと、“もっと世界と渡り合うようなビジネスに挑戦したい”と、世界経済の中心であるアメリカに単身渡り、経済の勉強を始めたのです。

海外に出たことで日本文化の良さに目が向いた

日本を出て驚いたこと。それは、世界各国から訪れた留学生たちの、祖国に対する愛国心でした。どの国の人も一様に自分の国を愛し、誇りを持っているのに、日本人にはそれがない。自分の国の文化に関心がなく、海外の人の方が日本文化を高く評価しているという残念な日本の現実…。それが日本人として非常に悔しかったと言います。
日本人が日本をもっと好きになれるような、そんな仕事ができないだろうか。考えを廻らせていた時…「自分の実家が酒蔵だったことを思い出したんです!(笑)」
日本酒を通して、日本の伝統文化の素晴らしさを伝えるのは自分の役割だと、義大さんの軸が決まったのはその時でした。帰国後はビジネスマンとして実力をつけるため、東京の広告代理店で活躍。30歳になった年に、150年続く実家の酒蔵に戻りました。
義大さんが会社に加わり現在7年目。酒造りの方向性の舵を取り直し、藤井酒造は再び原点に戻りつつあると言います。

写真

自然の力で醸す酒造りを復活させ 後世に継承したい

藤井酒造が目指すのは“風土と文化を映す酒造り”。義大さんが力を入れてきた“生酛(きもと)造り”もその一つです。日本酒はお米を蒸し、微生物で発酵させる“発酵食品”。安定して効率よく醸造するため、現在は人工的に培養した菌を使うのが一般的です。しかし江戸時代などの酒造りは、蔵の壁や天井に自生している菌を繁殖させて醸すものでした。人工培養の菌を使わない、自然の力で醸す伝統的な製法が“生酛(きもと)造り”です。これは時間と手間と最高峰の技術が必要なものですが、日本津々浦々その蔵でしか造れない、味わい深いお酒になるのです。
「竹原の水、竹原の微生物を使う酒造りで、地元に目を向ける人が増えてくれたらと思います。近代の大量生産の中で失われた素晴らしい伝統技術を復刻させ、後世につなぎ文化を継承していくのが自分達の使命でもあり、日本文化を支えることになる。」小規模ながら、妥協なく本物の味を追求する。それが藤井酒造の心意気なのです。

写真

純米大吟醸 生酛(きもと)造り

義大さんに紹介していただいた逸品はこちら。生酛(きもと)造りで、藤井酒造にしか造れない味を目指しました。
「冷で飲むのがおススメ。10度から12度くらいがベストです。クリアでシャープな骨格ですが味に主張もあり、食事に合わせてもしっかり楽しめる味。でも料理の邪魔をしない酒です。」お猪口に注ぐと純米ならではの甘い香りが漂い、いただくと“きりっ”と爽やかで、後口にはほどよい辛さと余韻が続きます。
“龍勢”は明治40年開催の「第1回全国清酒品評会」で第1位を受賞した、藤井酒造の代表的な銘柄です。広島県内だけでなく、北海道から九州の酒屋でも、ネットショップからでも購入ができます。
大変なこと、辛いことがあっても、最高のお酒と美味しい食事があればきっと笑顔になれるはず。私たちの先祖がつないでくれた文化、守り抜かれてきた自然に感謝をしながら、極上の一杯をいただきましょう。

写真 的野翔太 / 取材・文 日高愛子

店舗情報

写真:純米酒

純米酒

チケットで広島のお店を応援!電子チケットを購入するチケットで広島のお店を応援!電子チケットを購入する 電子チケットについて 一覧へ戻る