No.116模様のあるうつわ

模様のあるうつわ

探求心とともに広がる「うつわ」の世界

想像を絶する精密な作業が生み出す世界観

陶芸家・槇原太郎さんが生み出す器には、プリントかと見間違えるほど精密な模様が施されています。手に取るとわずかに感じる凹凸で、模様は筆で描かれたものではないことに気が付くはず。そんな槇原さんの作品多くは、成形した土が乾ききらない間に、針で彫られた模様に呉須で埋めて模様をつけたもの。彫らずに絵付けをする作品もありますが、それらも人の手が生み出したと思えないほど繊細に描き込まれています。槇原さんの作業は、作家の仲間内でも「常識を逸している」といわれるほど。ストイックなほどに精密に仕上げられた模様は、フリーハンドで描かれているというから驚いてしまいます。槇原さんの右手の中指と小指があたる手の平には、針や筆を強く握りしめて作業を繰り返したことによる痛々しいほどのタコができています。その手からは、槇原さんが作業に打ち込んだ膨大な時間が感じられました。
そんな槇原さんが陶芸の世界に出合うのは、18歳の時。高校卒業後の進路として飛騨国際工芸学園陶芸学科を選んだことが始まりでした。

「制作過程が想像できない物作り」それが陶芸だった

広島県東広島市豊栄町で生まれ育った槇原さん。父親が左官業を営んでいたこともあり、物作りに関わる人との交流も多く、自然と物を作ることに興味を持ったといいます。そんな槇原さんが、高校卒業後の進路に物作りを選んだのは当然の成り行きだったのかもしれません。中でも陶芸を選んだ理由は、「完成までの過程が想像つかなかった」から。柔らかい粘土が硬い焼物になることに、ピンとこなかったといいます。「わからない」そのことに魅かれて陶芸を選んだそう。飛騨高山に行くまでは、「勉強といえば机の上でするもの」と思っていた槇原さん。粘土を渡され手を動かす毎日は、「幼稚園に戻ったみたいと思っていた」と当時のことを笑いながら話します。それまで美術にも興味はなく、芸大や美大の存在すら知らなかったという槇原さんにとって、学校での学びの時間は刺激的で楽しいものになりました。
卒業後は陶芸が続けられる土地を求めて、1年かけて日本全国の産地を巡りました。多治見市に移り住むことを決めたのは、歴史が長くさまざま作風を持つ陶工たちが腕を磨く環境と、多治見市陶磁器意匠研究所(以下:意匠研)があったから。気鋭の作家を多く輩出し、陶芸作家の登竜門として知られる意匠研の狭き門をくぐり、再び陶芸に打ち込む日々を過ごすことになりました。

作品を制作する過程にこそ、陶芸の魅力がある

意匠研を卒業した後も自分の作品作りを極めたい、と多治見に残った槇原さん。「やりだしたら時間を忘れてしまうほど集中できるのが魅力。制作している過程を楽しんでいる」と陶芸の魅力を語ります。槇原さんの作品作りは、好奇心と試行錯誤の結晶のようなもの。「その人が作れば、その人らしさは出る」と作風を固定することもなければ、極めたい技法があるわけでもありません。ただ、ただ「こうしたらどうなるか」を探求し続けています。槇原さんは「新しい材料や道具に出合うと、これをどう生かせば良い作品になるか」と考え、試行錯誤を繰り返すといいます。
「僕は、完成するまでの過程が好きなのかもしれませんね」多治見にいたころの趣味だった岩登りを思い出しながら、槇原さんは話してくれました。岩登りも頂上に到達することよりも、その過程が好きで、何回も挑戦した岩場を克服した時は、喜びよりも寂しい気持ちが湧いてきたといいます。結果を求めるのではなく、試行錯誤をする時間に喜びを感じるのは陶芸も同じ。槇原さんは自分の実力を確認しながら、小さな挑戦を積み重ねて自身の世界を広げています。

槇原さんおすすめの逸品/模様のあるうつわ

槇原さんは精密な模様を描くとき、ほとんど下書きをしないといいます。制作を進めながら方向性を決めるので、一見同じ模様に見える作品も槇原さんにとっては全くの別物なのです。槇原さんの物作りに妥協はありません。「自己満足かもしれませんが、自分が納得したものだけを作る」ことを大切にしています。誰かと比べるのでもなく自分自身と向き合い続ける、槇原さんの制作をする姿はストイックですらあります。
2020年に意匠研の後輩で、同郷のよしみで交流していた陶芸家・正守千絵さんと結婚しました。家庭の事情で広島に拠点を置いていた彼女に合わせ、槇原さんも広島へ移り住みます。材料屋や道具屋で新しい素材に出合うことが、創作活動の源になっていた槇原さん。それらが近くにない今の暮らしは少々不便も感じるそうですが、「どこにいても作品を作ることはできる」と変わらず作家活動を続けています。
広島を代表する陶芸家がまた一人増えました。新しい環境で作品がどのように変化していくのか、槇原さんのこれからに目が離せません。

写真 的野翔太 / 取材・文 山名恭代

店舗情報

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