風にゆらゆらと揺れ、その影が美しいコントラストを描き出し、そこにあるだけで優しい空間を演出する「ヒンメリ」。フィンランドの伝統装飾品であるヒンメリは、麦藁を針と糸で結ぶことを繰り返し、立体的に幾何学模様を編んで作るものです。ライ麦を主食とするフィンランドでは、秋に収穫し終わったライ麦の茎（藁）を使ってオーナメントを作り、冬至祭（ヨウル）に飾っているそう。ヒンメリは翌年の豊作や家族の健康を祈る「お守り」のような存在なのです。そんなヒンメリに魅せられた女性が広島にもいます。清水美雪さんがヒンメリ作家として活動することになったきっかけは、憧れの造形作家が出した1冊の本でした。「ページを開いた瞬間に凄い衝撃を受けました」と、清水さんはその興奮をまるで昨日のことのように語ります。「どうしてもこれを作りたい」と本を片手に独学でヒンメリを作り始め、試行錯誤を繰り返しながら1カ月かけて作品を1つ作り上げました。

「当時は材料が簡単に手に入らなくて。ドイツから直接材料を仕入れました」当時の広島では、ヒンメリはまだ知られておらず、材料を手に入れるだけでも一苦労でした。JAに問い合せて、麦農家を紹介してもらっても、藁の処理がうまく出来ずにカビを生やしてしまうことも。そのころ自宅で雑貨店を営んでいた清水さんは、海外から仕入れをしている取引先と交渉を重ね、ドイツから藁を直接取り寄せてもらいました。「作品を1つ作り終えても、藁が大量に余ってしまって」と清水さん。余った藁は、店に飾った作品を見て「作りたい」という人に分けたり「同じものを」とのオーダーに応えヒンメリを作ったりしていました。
　「やりがいを感じられ、仕事に対して適切な収入が得られる仕事に就きたい」という思いが強かった清水さん。家族の変化とともに自宅で店を営むことが難しくなってきたこともあり、心機一転「ヒンメリ作家」として歩むことを決意します。しかし、仕事が軌道に乗るまでには、少し時間がかかりました。「ワークショップをしたいと思う素敵な場所を見つけては、自分から場所の提供をお願いする日々が続きました」始めて2年ぐらいは断られてばっかりの連続で、ようやく了承をもらえても、生徒が集まらずに開催できないことも。「それでも諦めずにお願いを続けていました」と清水さんは当時を振り返ります。

少しずつ清水さんの存在は知られるようになり、「うちでも教えてもらえませんか」と公民館や百貨店などから声が掛かるようになりました。「『こうなったらいいな』と思っていたことが、次々に現実のことになりました」と清水さん。2020年のクリスマスシーズンには、長年憧れていた北欧をテーマにした老舗ベーカリーショップの、装飾を任されるまでに大きく成長していきました。
　「ヒンメリは、針と糸で藁を結んでいく作業の繰り返しです」黙々と単調な作業を繰り返す、その先に美しい幾何学模様が見せてくれる美があり、完成した喜びがあると清水さんは語ります。自らを大雑把な性格で不器用といい、「本当は向いてないのかもしれませんが、ヒンメリだけはやりたい気持ちが湧いてきて。こうして続けてこれました」そんな清水さんが教室で大切にしていることは「自分でヒンメリを完成させたという達成感と喜びを感じてもらうこと」1から作品を完成させることに執着をせず、レッスン時間内に完成して持ち帰れように準備をするのだそう。レッスン後にお茶をするなど、心地よい空間で楽しい時間を過ごし、ホッと息抜きができるレッスンを心掛けていいます。「ヒンメリを作る豊かな時間をこれからも多くの人と紡いでいきたい」と最後に語ってくれました。

正八面体はヒンメリの基本の形。それを組み合わせて作る、高さ80㎝以上もある大作のシャンデリアは、清水さんが初めて手掛けた思い出深い作品です。当時は小さなお子さんがいた清水さんの作業時間は、寝かしつけた後の2時間だけ。それでも「これを作りたい」という強い思いに突き動かされ、約1カ月かけて作品を完成させました。レッスンで作品を完成させた生徒さんが喜ぶ姿を見るたびに、初めて作品が完成したときの感動を思い出すという清水さん。黙々と作業を続けるレッスンの終わりには「こんなに何かに没頭することはないから、楽しかった」という声が聞こえてくるそう。そんな清水さんの出張レッスンは2名から受付ています。レッスンの時間が合わないという人には、清水さんが撮影した作り方動画がついたキットのも販売もしています。日頃の喧騒を忘れ、一針ずつ紡ぐモノづくりの豊かな時間を味わってみませんか。