No.033カプチーノ
一品で完結する短命なカプチーノのストーリー
こだわりではなく、当たり前のことを続けているだけ
たまたま通りかかって、ということはおそらく無いであろう郊外の路地裏にひっそりと佇む『STLAB』。丁寧に淹れた珈琲が飲めるカフェでもあり、地元の旬の食材を使った料理が楽しめるレストランでもあり、自然派ビールやワインなど店主がセレクトした上質なお酒が味わえるバーでもあり。多様性のあるお店でありながらもどれもきちんと美味しい。だからこそわざわざ訪れる人が後を絶ちません。「どれも妥協したくなかったんですよね」。柔和な表情の奥に見えるストイックな姿勢。すべてを1人でこなす店主・羽仁悠介さんの言葉からもわかるように、とにかくやるならとことん。「基本的にはどんなものでも作ります。醤油もウスターソースも、例えばコーラでさえも」。作ることができるものはすべて作ってしまう。そして使う素材は、ほぼ100%広島産。それは羽仁さんにとって「こだわり」ではなく「当たり前のこと」だと言います。
幼少期の小さな喜びがこの道のきっかけに
お店の建つここ府中町で生まれ育った羽仁さん。「小さい頃から母親が作ってくれるいちごジュースが大好きで。小学校低学年の時、家に遊びに来た友達にそれを真似て作ってあげたら美味しいと褒められたんです。おそらくそれが初めて料理をして感じた喜びですね」。友人家族が遊びに来てみんなで楽しく飲んだり食べたりする光景も日常で、作る喜びだけでなく、集う喜びを体感して育った少年は、自然と自分のお店を持つことを目指すようになりました。「単純に、就職したくなかったというのもありますけどね(笑)。夢が叶ったという感覚ではなく、自分にとってはレールの上を走ってるような自然な流れなのかも」。地元である府中町にお店をオープンさせたことも、宣伝は一切しないことも「自然な流れ」。そんな羽仁さんだから、食材はローカルなものを使い、調味料を自分で作り、薪や炭といった昔の手法を取り入れて調理するこのスタイルにも素直に納得してしまいます。
素材の複雑味をまっすぐシンプルに伝えるために
STLABという名前は、STORY(物語)と、LABO(研究所)を組み合わせた造語。店名に添えられたTRIP SEASONS TABLEは、季節を旅する食事の意。羽仁さんがオープン当初からコンセプトのひとつとしているテーマです。「料理が好きというよりも、ストーリーを考えてそれを具現化していくことが好きなのかもしれないですね。ストラボという架空の少数民族の暮らしを再現する、というのが実はお店のもうひとつのテーマとしてあって。だから、ほとんどローカル食材、だいたい手製、99%ノンケミカル。世界が滅亡しそうになっても僕はそれなりに美味しいものが食べていられるかもしれないですね(笑)」。便利すぎる今の時代に逆行するように、原始的な発想とシンプルな手法で料理を作る羽仁さん。「素材そのものの味って本来とても複雑だと思うんですよね。だからその素材の持つ複雑味を、まっすぐシンプルに伝えることが一番だと思っています」。
淹れ立ての細かな泡と、残った泡のお楽しみ
用意してくれた逸品は、細かな泡がこんもりと被さったカプチーノ。「カプチーノは淹れて5分も経つと冷めて気泡が粗くなり味が落ちてしまう。美味しい時間がとにかく短い飲み物なんです。綺麗なラテアートをすると写真を撮ってる間に味が落ちてしまうから、カプチーノのラテアートは極力シンプルに仕上げています。写真を撮らずに早く飲んでね、という意味も込めて」と笑う羽仁さん。しっかりとローストしたオリジナルの豆で淹れたカプチーノは香り豊かで、デザートも不要なほど濃厚な味わい。最後にカップの奥に残った泡に砂糖を入れる羽仁さんおすすめの飲み方を試してみると、カラメルのような深みとなって二度美味しい。「カプチーノはこれで完結。これに合わせるデザートは僕の中では浮かばないんですよね」。これも羽仁さんが思い描くストーリーの具現化。研究を重ねて定番となったアラカルトはもちろん、味の濃淡までストーリーに組み込まれた予約制のコースも、体験の価値ありです。
写真/取材・文 柚木藍子
店舗情報
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店名
STLAB TRIP SEASONS TABLE(ストラボ トリップシーズンズテーブル)
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住所
〒735-0021 安芸郡府中町大須1-15-13
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連絡先
082-569-5823
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営業時間・
定休日【営業時間】15:00〜23:30
【定休日】不定休 -
Instagram
カプチーノ