No.119カンパーニュ

カンパーニュ

手抜きしてもちゃんと美味しい、男前のパン

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ブレない軸のあるパン作り

朝6時。広島市南区堀越町のまだ薄暗い県道沿いに、1軒だけ灯りがついている店があります。店の名前は『ブーランジェリー・ドリアン』。店内では、店主の田村陽至さんと、難関を突破してドリアンでの修行を叶えた研修生が、黙々と作業をこなしていました。ラジオから流れる陽気な昭和ポップスとは対照的に、二人の周りには静かな緊張感が漂います。
「そろそろかなぁ」。田村さんがそういって朝4時に火入れした窯のふたを開けると、揺らめく炎が窯の中を鮮やかな橙色に染めていました。その後、窯の温度が少し下がったところで、いよいよ窯入れです。メタルラックに端正に並べられたカンパーニュやブリオッシュの生地を、1つあるいは2つ、3つ、長いピックの先に乗せて、窯の中へリズム良く入れていきます。その作業を背後でじっと見つめる研修生。田村さんは最後の数個をその研修生に任せます。緊張した面持ちでピックを握り、パンを入れていく研修生。「うん、いいじゃない。練習の成果が出てるよ」田村さんの言葉に、彼の頬が少し緩みます。

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「手抜き」して見えてきた、新しい人生

ドリアンの石窯に火が入るのは週のうち木・金・土曜の3日間だけ。取材に訪れた日、焼かれたパンはカンパーニュの大小、ブリオッシュ、チョコレートの3種類。朝4時から次の日のパン生地の仕込み作業をして、1回目の窯入れの後、2回目の窯入れ、その日に焼いたパンの発送作業が終われば1日の作業は全て終わりです。
週のうち6日の午前中だけ働く(といっても朝4時から8時間!)というスタイルを、今年からさらに2日減らして働く日を4日にすることに。さすがの田村さんも工程を一つひとつ見直すなど、かなり思考錯誤したそうですが、最後は奥様からの「小細工せず、とにかく休めば?」という潔い助言のおかげで、目標を達成できたそう。
こうしたいわゆる作業のスリム化を、田村さんはあえて「手抜き」と表現します。「だって、手抜きというとインパクトあるでしょ」と笑いつつ、「休みが週3日になると人生変わりますよ。仕事に使ってた時間を自分の好きなことに使えるんだから。みんなこうすればいいのにって思う」。田村さんは今、その休みを利用して岡山への移住計画を進めているそうです。

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楽に生きた方がうまくいく

「結局ね、狙いをすまして、えいって投げこむよりも、肩の力を抜いてフッと投げる方がいいコースにいくんですよ」。ボールを投げるフォームをしながら言葉を続けます。
「ヨーロッパのようなチーズを作りたいと、あっちの牧草を育てて食べさせた牛の乳でチーズを作った人がいたけど、できたチーズは日本っぽいチーズだった。でも最近、チーズ作りを始めた若い子が、『その辺の雑草を食べさせたらいいじゃん』って、そうやって作ったチーズの方がヨーロッパのチーズっぽくて。きっと、そういうもんです」。
しかし、そんな田村さんも今とは真逆の働き方をしていた時期があります。「夜10時から翌日の夕方までパンを作り続けて、毎日くたくたに疲れて。店もすごい繁盛しているのに決算期になるとプラスマイナス3万円の間をウロウロしている。もう嫌だな、ダメだなと愚痴をこぼしていたら、うちの奥さんが『多分、来年も同じこと言ってるよ』って」。
ちょうどその頃、ふと思いついて、いつもは書かない暑中見舞いをかつて研修に行ったフランスのパン屋さんに送ったところ、届いた返事の中に店を手伝ってくれる日本人を探している、とあったそう。知人のパン屋さんたちに声をかけたものの行ける人がおらず、すると奥様が「だったら、自分が行っちゃいなよ」とひと言。その言葉に意を決した田村さんは、店を閉めてフランスに渡ります。2012年のことでした。

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田村さんの逸品/カンパーニュ

「手抜きだらけ」なのに最高に美味しい石釜で焼いたパンと、余暇を大切にするフランス人のほどよいゆるさは、ピリピリしていた田村さんの心を徐々にほぐしていきます。フランスでの1年半の修行を経て、本来の自分をすっかり取り戻した田村さん。帰国して早速、新しいパン作りに取り掛かります。
そして誕生したのが、最高級のビオ(有機栽培)の国産小麦粉を使って、石窯でじっくりと焼きあげる「カンパーニュ」と「パンブロン」。この2種類のパンで、再スタートを切ったドリアンの、その後の大躍進ぶりについては、皆さんもご存知の通りです。
田村さんが逸品に選んでくれたのは、その「カンパーニュ」。「手抜きするようになってからの方が、パンの表情がカッコいいんですよね。ますます“あっちっぽく”なってきてる」と田村さん。「あっち」と表現するのは、長いパンの歴史を持つヨーロッパや中近東のこと。「古いものは古びない。歴史という後ろ盾があるから、その安心感は半端ないですよ」。
焼きたてより数日置いた方が香りも味もよくなるというドリアンのパン。「カンパーニュ」のおすすめの食べ方は、都度、食べる分だけスライスして、トースターでほんのりと温めて、とのこと。ぜひお試しあれ。

写真 加藤郁夫 / 取材・文 イソナガアキコ

店舗情報

写真:カンパーニュ

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